2012年2月6日月曜日

「そうならなければならないのなら」

少し前にYUSUKEさんが
「さよなら」というのは「そうならなければならないのなら」の略である、
といった内容(ある書物の引用)をブログに書かれていた。


もちろん諸説あって、

「さよなら」=
「さようならば」=
「そういうことであるならば」

という意味合いが強いだろう。


でもわたしは

「さよなら」=
「そうならなければならないのなら」

という響きが持つ儚げな、寂しい感じにすごく惹かれた。


この言葉には完全に「さよならしたくない人」のきもちが入ってる。
それでも「さようならする人」の・・


諦めるとか仕方ないというとマイナスなイメージだけれど、
この言葉は受け入れている感じがした。

理解や共感って無理にするものでもないし
流されて良いものでもないけれど
受け入れるということができる人は大きいよね〜。


「さようなら!」

わたしもおとな(の年)になってから受け入れざるを得ないさようならを幾度となく・・


結局みんな自分が「ふつう」と思いがちだから
だれかと意見がぶつかると、
自分メモリのものさしを振り上げて理解してほしさに相手を否定してしまうことがある。 
最近は人とぶつかるのが面倒で「人それぞれだからね〜」で逃げようとする人も多い。

でもどちらも「受け入れる」ということは
できていない気がするんだよなー

ーーーーーなんて、

このネタだけで数時間は語れそうなんですけど。


ちょ、本当に永くなりそうなので
中途半端ですがここで自粛しますネ

一緒に語ってくれる方、考えてくれる方ぼしゅう


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・・・というわけで、
昨日はそろそろいろんなことを断ち切らなきゃいけない人たちと呑みました。


Yさんのガン見からはじまり・・

合唱!

ペンライト持ち出して一気にLIVE会場


歌ってる!
   
ハモってる!



この人たちとのさようならは永遠に無理そう。


ひとりベッドで呆然としていたら強制的にノらされました。
開脚しててすみません。



最初みんなアイドルが自分のために歌ってるみたいなちょっとアレな話を
鼻息荒くしていてこわかったけど
終盤は涙が出るほど楽しかったです。


ちなみににんにくたっぷり餃子鍋と松屋のカレーが夕飯だったことは内緒



癒されました

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