2012年4月23日月曜日

もし、装うことをやめるときは、それは幸せの絶頂で、そして最期のときかもしれない





原美術館で開催されている杉本博司さんの
“ハダカから被服へ”を観てきました。


杉本さんが人類の歩みと被服の歴史を重ね、
「装う」ことの意味を問うこの展示。


エルザ・スキャパレリ、
ジョン・ガリアーノ、
マウリツィオ・ガランテ、
イヴ・サンローラン、
アンドレ・クレージュ、
クリストバル・バレンシアガ、
ガブリエル・シャネル、
アリックス・グレ、
マドレーヌ・ヴィオネ、
三宅一生、
山本耀司、
川久保玲などの
ドレスの写真は圧巻。

写真たちは杉本さんの解説と共に歴史の流れを説き、
そして観る人を挑発するかのような存在感を放っていました。


短時間でザヴァーンッと
刺激の雨を浴びたような、
小さなことばの破片が頭や胸に突き刺さって
美術館をあとにしたあとも
そう簡単にはわたしを解放してくれず、ぼーっとしてしまいました。

おすすめの展示です。


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なぜ私達人間は服を着るのだろう。

私達は装い装う。

私は私以外の何者かになりたい。

いや、私であるためには、私は私を装わなくてはならない。

現代文明のただ中では、裸は許されない。

私は裸の自分を羞じる。

私は着せ替え人形だ。

毎日服を着て、私は私を演出する。

私が裸でいられる短い時間、

それは入浴の時と、

子孫繁栄の時。

私が子孫繁栄の時へと導かれるためには夥しい擬態と演出が必要だ。


私が私を裸の恍惚へと導くには、夥しい数の服が必要とされる。

その短い子孫繁栄の時が過ぎ去っても、
私は私の装いを続けなければならない。
他人はあなたの装いを見て、あなたを認知する。
それがあるにしろないにしろ、
私は私の知性を装い、私の資産を装い、私の嗜好を装う。
装いは服だけではない。
私の表情、私の仕草、私の目の翳り、
それらは自動的にあなたの着るものと連動している。
あなたの意志とは関わりなく、あなたの着る服が、あなたの表情を決める。
あなたは、あなたの服の気持ちになる。
顔というあなたの仮面は、あなたの服にもっともふさわしい仮面を選ぶ。

大昔、私達が裸で暮らしていた頃、私達は幸せだった。



※展示の場にも、HPにもある杉本さんの言葉を引用させていただきました。

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元々邸宅だったところを改装して作られた原美術館、自然がいっぱいです。




思わずうつりたくなるオブジェ。



最近近所で散歩中に衝動買いしたこのワンピース、春色でしょ。
早く一枚で出かけられるお天気にならないかなぁ



杉本さんのコチラも気になるところです・・・





PS.原美術館からの帰り道、モロのような犬を見かけました。
それも二匹も・・・






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